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小説 -- 紫苑物語
2007-06-20 Wed 23:37
紫苑物語 紫苑物語
石川 淳 (1989/05)
講談社

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ものを知るとは、いや、知らぬとは、なにごとをいうか

満足度:★★☆☆☆

表題作の「紫苑物語」のほかに「八幡縁起」「修羅」を収録。

久しく文学作品読んでなかったせいか、
もう内容がわけわからんちーんっ;´Д`);´Д`);´Д`);´Д`)

一読ではさっぱ意味をつかめない。
つか文章の意味を深く考察していく脳みそができてねぇ…!
ワタシの脳みそも随分と腐ったものだなぁ(詠嘆)
たぶん表面的なところでの“読み”しかできてないけど、
物語の雰囲気にゃとっても興味をそそられたんで、いつかの再読候補にいれとこっと。。。φ(。_。)

適当なあらすじ
国の守・宗頼は弓の名手であり狩を好んだ。だが彼の矢は獲物の真ん中を射ぬけど、決して狩に成功することはなかった。なぜなら射ぬいた瞬間に矢も獲物も消えてしまうからである。(紫苑物語)




ネタバレありでつづく…。






*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*


紫苑物語
宗頼が千草にいった「平太はわしじゃ。(p66)」の意味がわからん。
「血がちがうもの」である平太の存在が気になって気になって仕方がないってこと?
どうして宗頼が平太にこだわるのか、平太がきざみつけたほとけを射ることにこだわるのか、ここらへんもよくわからない。

宗頼いわく「知と殺と魔と、三本の矢が一体一すじとなって、この世はわしがおもうままの世と変相する(p60)」とのことだから、
自分の思い通りにならないものが存在することが許せなかったのかしら…

そして千種は「人間の妄執の炎に焼かれて死(p75)」ななければならなかったのか。

んー謎は深まるばかり(ー`´ー)



八幡縁起
過ぎ行く日々と共に、自分たちが崇めていたものの姿を忘れてしまう様をまざまざと見せられるとやっぱり寂しい気持ちになってくる。

かつての信仰の対象であったものが、没落して恐怖の対象となりさらには退治されてしまう伝承なんかも心うたれるからねぇ。
ワタシらが日ごろつかってる道具だって、新しく便利なものが登場してくれば、それまで使っていたものはだんだん廃れていくもんだし。
文明の進化の上にはしょうがないもんなのだろうけど…
でも考え方を変えれば、過去の思いは形は変われどどこかにまだ残っているともいえる。そう考えるとちょっとは救われるよなぁ(´A`。)

とまあ、ちょっと意味不明なセンチメンタルにハマっちゃったミチヲ。
山と里という相反する世界を縦横無尽に行き来する次朗のような存在がワタシたちなんだろうな、なんて思ってもみたり。

するってぇと次朗の
「うぬが一類の血すじに、のちの世かけて末ながく、執念ぶかく生きのこるのは、このおれの血と知らぬか。(p111)」「おれの血はうぬが孫子の代まで、そのまた孫子の代までもくたばらぬぞ。(p111)」
という言葉も深い。とってもシミジミ。



修羅
収録作のなかではこの話が一番すき。
登場キャラクターがみんなどこかで繋がってるってのがよくできてるなぁって。

桃華文庫をめぐる胡摩・公方・足軽の三つ巴の攻防も面白かった。
一休宗純と蝦川新左衛門のやりとりも!

それにしても過去の歴史を記した文献を消してしまうってのは恐ろしいことだ。
たとえ創られた歴史であったとしても、過去がなくなってしまうというのは恐ろしいことだと思う。
たぶん自分が知る与えられた歴史を失うことに抵抗があるんだろうね。




なんか今回は(今回も?)脳みその処理がうまくできてないせいか
感想もカオスなことになっちゃったわ、アハン(ノ∀`)





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